はじめに:まさか藤井風とアドラー心理学が繋がるなんて(笑)
今日は少しだけ、趣向を変えて藤井風さんの「まつり」からアドラー心理学へとつなげるという、ちょっとマニアックな記事です(笑)
でも、聴いて納得する箇所があなたにもきっとあるはず。
仕事中にこの曲を聴いていて、ふと「これって、アドラーの言ってることじゃん!」とひらめいてしまったんです。
藤井風さんの曲は、ただ心地よいだけでなく、癒されたり、勇気づけられたり、ハッとさせられたり、本当に素敵な曲ばかりですよね✨
この記事は、あくまで僕の「まつり」への個人的な見解と、アドラー心理学の知識をコラボさせたものです。
なので、熱心な藤井風さんのファンの方、「それは違う!」とか「この解釈は浅い!」と思っても、どうか温かい心でご容赦くださいね💦
それでは、本文スタートです!!
「まっつり~♬まつり~♬」
第1章:「愛しか感じたくもない」― それは職場の人間関係にも効く 共同体感覚

愛しか感じたくもない
もう何の分け隔てもない
まとめてかかってきなさい
今なら全て受け止めるから
いきなり強烈なパンチラインから始まりますよね。
僕が最初に聴いたとき、「一体何を受け止めるつもりなんだ!?器がデカすぎるだろ!」と驚いたのを覚えています。
📘 アドラーキーワード:共同体感覚(Gemeinschaftsgefühl)
他者を「仲間」だとみなし、そこに「自分の居場所がある」と感じられること。
家族や友人だけでなく、職場、地域、国、さらには人類全体、過去から未来、動植物や無生物までも含めた、とてつもなく大きな共同体への所属感のこと。
アドラーは、これこそが精神的健康の核心だと考えました。
ここで歌われる「愛」って、アドラー心理学でいうところの「共同体感覚」に近いと思うんです。
「まとめてかかってきなさい」という言葉は、人生で起こる良いことも悪いことも、出会う人々も、すべてを「仲間」として受け入れるという、究極の「無条件の信頼」の表明じゃないでしょうか。
このスタンスこそが、人生のあらゆる困難に立ち向かうための「勇気」の源泉になるんです。
【具体的なケース】扱いにくい後輩「Sくん」との向き合い方
🎭 ケース:職場の人間関係
あなたのチームに新しく「Sくん」という後輩が入ってきたとします。彼は少し要領が悪く、同じミスを繰り返したり、報告のタイミングがずれていたりと、正直言って「扱いにくいな…」と感じるタイプ。
チームの皆も少しずつ彼に距離を置き始め、雰囲気もなんだかギスギス…。
こういう状況、本当に胃が痛くなりますよね…。僕も昔、似たような経験があって、「どうして分かってくれないんだ! 普通はこうだろっ」って一人でイライラしていました(苦笑)。
自分の普通を押し付けるとか・・反省です💦
ここで「まつり」的思考を取り入れてみましょう。
「愛しか感じたくもない」という視点に立つと、Sくんを「問題児」として切り捨てるのではなく、彼が抱える困難や未熟さも含めて「チームの課題」として受け入れる覚悟が生まれます。
「まとめてかかってきなさい」の対象は、仕事のトラブルだけでなく、この人間関係のゴタゴタも含まれるわけです。
Sくんを「敵」や「お荷物」と見るのではなく、同じ祭りに参加する「仲間」として信頼してみる。
彼の良いところに目を向け、彼ができる貢献の形を探してみる。
そうやって、分け隔てなく彼と向き合うことで、チーム全体の「共同体感覚」が育まれ、結果的にチームのパフォーマンスも上がっていく。
そんな可能性を、この歌詞は示唆してくれているように思うのです。
第2章:「何もかも既に持ってるのにね」― SNS疲れを吹き飛ばす 劣等コンプレックス からの脱却

で、一体何がほしいわけ
誰に勝ちたいわけ
なかなか気づけんよね
何もかも既に持ってるのにね
ここは現代社会の縮図…!仕事に疲れて家に帰って、ついつい夜中までスマホを見ては、キラキラした友人のSNS投稿に「それに比べて俺は…」なんて、勝手に落ち込んでしまうことがあります。
あなたはどうですか?
📘 アドラーキーワード:劣等感 vs 劣等コンプレックス
アドラーは「劣等感(理想の自分に追いついていない感覚)」は、誰もが持っている自然な感情で、努力や成長の促進剤になり得ると言います。
問題なのは、それを言い訳にして「どうせ私なんて」と行動しなかったり、逆に「自分はすごいんだ」と見せつけるために他者を攻撃したりする「劣等コンプレックス」に陥ることです。
【具体的なケース】友人A子の結婚報告にザワつく「Bさん」の心
🎭 ケース:SNSと比較の罠
32歳の会社員、Bさんは、休日にInstagramを開いてため息をつきます。親友のA子が、素敵なチャペルでの結婚式の写真をアップしていたのです。
「いいね!」を押しながらも、心の中はザワザワ。
「A子は結婚か…私は彼氏もいないし、仕事もマンネリ。私には何もないな…」
分かります、Bさん!他人の幸せを素直に喜べない自分に、さらに自己嫌悪しちゃうんですよね。
このループは本当にしんどい。
ここで藤井風は、Bさんの肩をポンと叩いてこう言うわけです。
「ねえBさん、“何もかも既に持ってるのにね”」と。Bさんは、他人との勝ち負けの土俵(結婚やキャリア)で自分の価値を測ろうとしていました。でも、一度その土俵から降りて、自分の「持ち物」を棚卸ししてみると、どうでしょう。
- 週末に心ゆくまで没頭できる、コーヒー豆の焙煎という趣味。
- 深夜でも「ちょっと聞いてよー」と電話できる、学生時代からの親友B子。
- 難しい仕事をやり遂げたときに「さすが!」と認めてくれる上司。
- 健康で、毎日美味しいご飯が食べられること。
これらは、A子の結婚とは比べようのない、Bさんだけの「宝物」です。誰かに勝つためのものではなく、ただそれだけで素晴らしい価値がある。
この歌詞は、私たちに「ないもの」を探すのをやめて、「すでにあるもの」を祝福しようよ、と呼びかけているのです。
第3章:「花祭り 夏祭り」― 親の期待から自由になる 自己決定性

花祭り 夏祭り
何でも好きに選びな
あなたの心の中咲かせな(えいっ)
📘 アドラーキーワード:自己決定性(目的論)
「自分の人生は、環境や過去の出来事(原因)によって決められるのではなく、自分自身がその目的に沿って選択していくものだ」という考え方(目的論)。
アドラーは「人は変われる」と信じ、過去ではなく今この瞬間の選択こそが人生を作ると考えました。
【具体的なケース】公務員の道を捨てきれない「Kくん」の葛藤
🎭 ケース:親の期待 vs 自分の夢
大学4年生のKくんは、悩んでいました。両親からは「安定しているから」と公務員になることを強く勧められています。
彼自身も、それが親孝行だし、間違いのない道だと思っていました。でも、心のどこかでは、Webデザインの世界に飛び込んでみたいという情熱がくすぶっています。
「でも、それで失敗したら親をがっかりさせるし、周りにも笑われるかもしれない…」
これはキツい選択ですね…。親の期待って、愛情だと分かっているからこそ、無下にできないんですよね。
俺も「安定した会社に」って言われ続けてきました。
Kくんは、「親を喜ばせる」という目的のために、公務員という選択をしようとしています。それは他者の課題を生きることであり、自分の人生ではありません。
ここで「あなたの心の中咲かせな(えいっ)」というフレーズが、彼の背中を押します。
Webデザイナーという道は、不安定かもしれません。
でも、それがKくんの心が本当に「咲きたい」と願う場所なら、それを選ぶ勇気を持つこと。
たとえ失敗したとしても、その経験は誰にも奪われない、彼自身の人生の一部になります。
親の期待に応える人生ではなく、自分の選択に責任を持つ人生を歩むこと。
それこそが、人生という祭りの本当の主役になるということなのです。
第4章:「あれもこれもが大当たり」― 仕事のミスも 貢献感 に変える魔法

祭り 祭り
毎日愛しき何かの
祭り 祭り
あれもこれもが大当たり
比べるものは何もない
勝ちや負けとか一切ない
この曲のクライマックスであり、俺が一番好きな部分です。このフレーズを口ずさむだけで、なんだか無敵な気分になれます。
📘 アドラーキーワード:貢献感と幸福
アドラーは「幸福とは貢献感である」と断言しました。
他者から承認されること(承認欲求)を求めるのではなく、「私はこの共同体にとって有益である」「誰かの役に立っている」と主観的に感じられた時に、人は自分の価値を実感し、幸せを感じることができる、と。
【具体的なケース】プレゼンで大失敗した「Mさん」の一日
🎭 ケース:仕事の失敗と意味の再解釈
営業部のMさんは、大事なプレゼンでプロジェクターの接続に手間取り、頭が真っ白になってしまいました。
結果は散々で、上司からは厳しい言葉をかけられ、自己嫌悪で泣きそうになりながら帰宅します。
「もうダメだ、私は本当に仕事ができない…」
うわー、想像しただけで冷や汗が出ます…。プレゼンの失敗って、本当に立ち直れないくらい凹みますよね。
美咲さんの気持ち、痛いほど分かります。
この最悪な一日は、どう考えても「ハズレ」ですよね。
でも、「あれもこれもが大当たり」というフィルターを通して見ると、どうでしょう。
確かにプレゼンは失敗でした(これは事実)。でも、この経験があったからこそ、Mさんは気づきます。
- 「あの失敗のおかげで、どんなPCでも対応できる変換アダプタを自腹で買った。これで後輩たちは同じ思いをしなくて済むぞ」(未来の仲間への貢献)
- 「悔しさをバネに、プレゼンの練習方法を根本から見直した。このノウハウは、いつかチームに共有できるかもしれない」(チームへの貢献)
- 「落ち込んでいたら、同期が『私もやったことあるよ!』と慰めてくれた。人の優しさが身に染みた…」(共同体感覚の再確認)
失敗という出来事そのものは変えられません。
でも、その出来事を「未来への貢献の種」と捉え直すことはできる。
そう考えた瞬間、最悪だったはずの一日が、自分を成長させてくれた「大当たり」の日に変わるのです。
勝ち負けのない世界では、すべての経験が、誰かの役に立つための貴重な学びになるんですね。
第5章:”自分の祭り”を始めよう ― 勇気づけ の小さな一歩

「まつり」のメッセージに心が動かされたなら、ぜひ今日から”自分の祭り”を始めてみましょう。アドラー心理学でいうところの「勇気づけ」、つまり自分や他者の困難を克服する活力を与えるための、小さな一歩です。
| アクション | 具体的なケース(アドラー風) |
|---|---|
| 朝の儀式 | 満員電車でイライラしそうになったら「まつり」を聴き、「この人たちも同じ祭りに向かう仲間だ」と捉え直してみる。 |
| 感謝の言葉 | コンビニの店員さんに「ありがとう」と目を見て伝え、一瞬の共同体感覚を味わう。 |
| 自分を祝う | 面倒なタスクを一つ終えたら「よくやった、私!これでチームが少し助かったぞ」と貢献を実感し、自分を勇気づける。 |
| 身体を動かす | 帰り道、曲に合わせて少しだけステップを踏んでみる。他人の目を気にせず、「今、ここ」にいる自分を楽しむ練習。 |
大切なのは、他人と比較するのではなく、自分自身の心の声に従って、”今ここ”を全力で楽しむこと。
その小さな積み重ねが、あなたの人生をより豊かで、喜びに満ちたものへと変えていくはずです。
まとめ:人生は、いつだってあなたの祭りだ

藤井風の「まつり」は、単なる音楽作品ではありません。
それは、私たちがより良く生きるためのヒントが詰まった、“人生の処方箋”です。
アドラー心理学の視点を取り入れてみると、他者との比較から自由になり、自分の心に従って人生を選択し、日々の貢献に喜びを見出す…そんな生き方が見えてきます。
この記事を通して、「まつり」の新たな魅力に気づき、あなた自身の人生をより輝かせるきっかけとなれば幸いです。
さあ、あなたも一緒に、人生という名の祭りを踊り明かしましょう。
最後までお読みいただき、本当にありがとうございました。
参考文献
[1] takahiroarai.me. (2025, August 16). 藤井風『まつり』歌詞【意味&考察】人は何もかも既に全部もっている(Fujii Kaze). arai no HIKIDASHI.
https://takahiroarai.me/fujiikaze-matsuri/